『彼は早稲田で死んだ 大学構内リンチ殺人事件の永遠』 樋田毅 文藝春秋
1972年11月8日の夜、早稲田大学文学部構内の自治会室で第一文学部二年の学生が革マル派に殺されたという事実に挑んだ、当時同大学同学部で被害者の一年後輩であった著者によるリベンジ自分史。事件の真相を突き止め、闘いの意味を世に問う本を書かずにおくものかという元朝日新聞記者の執念。執念は自分史の原動力となる。
第53回大宅壮一ノンフィクション賞受賞。
印刷は萩原印刷さん。社長の萩原誠さんはお互いに自分史活用アドバイザーとして私とご交誼いただいた。
早稲田大学において革マル派が排除される一定の形になったのは1997年のことだという。私が同大学第一文学部を卒業したのは1987年のことだから、 私が在籍した期間はこの間にどっぷりとはまり込んでいる。
自分史が社会の事実と絡みつく時、大きな力となる。